Opusとは作品番号である。

Opusとは作品番号である。

赤い目玉のさそり  
ひろげた鷲のつばさ

 1曲目、宮沢賢治・作「星めぐりのうた」が、明かりを落としたスタジオに響きわたる。

 最高の音楽スタジオでの最高に贅沢な時間、毎回ミュージシャンの音楽性をより高め、体験したことのない「音」を提供してくれる芸森スタジオの時間を文字にするのはとても難しいことだが、今回のライブを例えるならば、目の前に畠山美由紀さんと小池龍平さんが確かにいるのに、わたしの身体は宮沢賢治が思い描いた銀河に煌めく星座と共に、音楽の宇宙を漂い始めた。

 2024年3月にスタートし、今年を締めくくる5回目の開催となったゼロクロス。

「音が、味わいが、思い出が、静かに降り積もる」

というキャッチコピーさながらに、外にはしんしんと雪が降り積もるなか、スタジオにはクリスマスツリー、テーブルにはキャンドル、12月の北海道の素晴らしさが詰まっているような一日の始まりだ。

公式サイトに掲載されるこのエッセイを読んでくださっているあなたに今さら言うまでもないが、ゼロクロスは滞在型で宿泊も可能な音楽施設「芸森スタジオ」で開催されていることに大きな意義がある。

札幌の南の森の中にあるこの施設の歴史を紐解けば、ビートルズ、坂本龍一、大貫妙子、髭男と名だたるミュージシャンの名と共に、時代に翻弄されたその歴史を知ることが出来るが、コロナ禍で窮地に追い込まれたこのスタジオに当時寄り添ったのがゼロクロスのプロデューサーだ。

このスタジオの素晴らしさをどうすれば感じてもらえるのか、を具現化したのがゼロクロスというわけだ。

 この企画には毎回「OP.1」「OP.2」と、OP(opusオーパス・作曲順に振られる作品番号)ナンバーが割り振られていることにお気づきだろうか?

タイトルからは内容が想像出来ない謎のネーミング。

それぞれに割り振られた「作品番号」という概念に、主催者サイドの想いが込められている、とわたしは理解している。

毎回アーティストによるライブアクトがあり、シェフによってディナーやランチが振る舞われる。

そこへ、写真家やDJなどの表現者、作品や製品を提供する目利き、パンや菓子・クラフトなどの様々な職人が集まることもある、このカルチュアの集合体が第一楽章~最終楽章まで感情をゆさぶるメロディのように、芸森スタジオで生まれた「作品」として胸に刻まれることを望んでいるのだろう。

 ここでの多様な出会いは、たとえていうならばインターネット世代がグーグルで目的の言葉を「検索」してピタリと探し当てるのと違い、紙の辞書を開き目的の言葉にたどりつくまでに、思わぬ言葉や知見にめぐり逢う喜びにちょっと似ている。

テクノロジーの進化を歓迎していないわけではないが、こういう時代だからこそ、人が集まり、触れる、聞く、という「リアル」が愛おしい。

まして「食べる」は究極のリアル。生まれて最初に芽生え、命が尽きる最後まで残る欲望と言われるのが「食欲」だが、その記憶は味だけにとどまらず、どんな天気で、どんな気持ちで、どんな人と、どんな会話をしながら、さまざまなファクターと共に胸に刻まれてゆく。

昭和の時代を生きたわたしには「ご馳走」という概念がしっかりと刻まれているが、「ご馳走」というのは、どこかの知らない誰かが「星」などで評価したものでは決してない、ということをいつも思い出させてくれるのがゼロクロスでの食事の時間なのだ。

 この日のために各地から食材を背負ってやってきたシェフたちが自身のキッチンを離れてここで料理をするのは、共演したことのないオーケストラを指揮するマエストロさながらの緊張感だろうと想像に難くないが、毎回見事な名演でわたしたちを驚かせてくれた。

 そして最後に、ここに触れないわけにはいかない特筆すべき「ご馳走」。

それは、幸運にも宿泊し、ここで朝を迎えることができたものにのみ与えられる「八坂飯」だ。

漢字で書くとまるで中華メニューのように見えなくもないがヤサカメシというネーミングで定着しているのが、統括マネージャーであり、料理長でもある八坂ちはるさんの作る「ごはん」だ。

ここで合宿しながら音楽を紡ぐミュージシャンに、音の素晴らしさと同じくらいに高く評価され語り継がれるヤサカメシ、もはや芸森スタジオに無くてはならない至宝である、とわたしは思う。

 今年なんと5回も開催したゼロクロス。芸森スタジオのスタッフとゼロクロスのスタッフが身も心も削り準備を進め、ミュージシャンが音を作り、外部からきたシェフがどんな素晴らしい食事を提供しても、ゼロクロスの最後には、「ヤサカメシ」の朝ごはんの美味しさで上書きされ、まるっと私の心を奪ってしまう罪作りなご馳走。

「奴はとんでもないものを盗んでいきました・・・あなたの心です」という名作「ルパン3世」での銭形警部の言葉を思い出しながら、今年のゼロクロスを反芻する2024年の年末。

あなたもわたしもまた来年、ゼロクロスで元気にお会いしましょう。

写真撮影:須田守政

文:アヤコフスキー(橋本亜矢)