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スランプに陥り苦悩する作家が、人里離れたホテルの管理人を引き受ける。雪深いコロラド州の山奥、閉ざされた環境の中に冬季間移住したことで様々な事件が起こる物語といえば?

そう、スティーブン・キングの名作をキューブリック監督が映画化した「シャイニング」、原作との乖離はあるが違った意味でとても恐ろしい映画であった。劇中、順調に作品を書いていると思い妻が夫である主人公ジャックのタイプライターを覗くと、そこには何行も何枚も同じ言葉が繰り返されていた。All work and no play makes Jack a dull boy.(仕事ばかりで遊ばない、ジャックは今に気が狂う)。そのあとに起こることは映画を見た方ならご存知であろう、見てない方は是非見てください。

もしもわたしがジャックの友達であったなら「コロラド州になんぞに行かずにここにくれば良い作品が書けるよ」とアドバイスしてあげたかった、ここは北海道札幌市のはずれ、山の中にある芸森スタジオ。正確な名称は芸森スタジオ&CloudLodgeという滞在型の音楽スタジオだ。

四季折々の風景の様変わりが美しい日本の中でも、マックス最大値に春夏秋冬のメリハリが効いているこの地にこのようなスタジオを建てられたのは、バブルという日本が弾けた時代があったからだろう。お立ち台にあがって扇子を振り回すようなイカレポンチな人たちばかりではなく、こんな遺産も遺してくれたのだからバブルには感謝しかない。

このスタジオには仕事で何度となく訪れていたが、それはときに音楽制作会社の社員として、はたまたCDジャケットデザイナーとして、CDのアシスタントプロデューサーとして、はたしてその実態は?みたいな訪問である。ここの名前も存在もその歴史も知っていたし、コロナ禍でその存続が危ぶまれた際にはむろんクラファンに協力し、わたしが子供の頃から愛してやまない故・坂本龍一氏のTwitter(現在のX)による当時の呼び掛けであっという間に目標額を超えるファンドを確保したことも記憶に新しい。

そんなわたしがこのイベントで体感したのは「ここの素晴らしさなど1mmもわかっていなかった」という事実だ。

友人が真冬に企画を立て、真冬に第一回目を開催した。なぜ冬に始めたのかは聞いていないが、タイトルは「ゼロクロス」。波形がマイナスとプラスを行き交う0地点を指すこのタイトルに合わせて、気温がプラスからマイナスまで0を通過するこの季節とのダブルミーニングに合わせたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。寒いよ。いやそうはいってもやはり北海道の原点は冬にあり。

到着し、階段を登り、靴を脱ぎ、重たいコートを脱いで広間に入ると暖かいコーヒーと美味しいケーキが出迎えてくれ心がほぐれる。

窓から見えるのは一面の冬景色、スキーも持っていない私の脳内には松任谷由実の「ロッジで待つクリスマス」が聞こえてきそうであったが、お楽しみはこれからだ。

知らない人たちと同じ空間で音楽や料理や映像、そしてお酒を楽しむ。この時間をなんと名づけたら良いのだろう、旅行?フェス?イベント?どれも少しずつピントが合わない気がする。今回わたしが体験することとなったop.1(作品1)と名づけられた第一回の音・食・酒・暖それぞれの情報はzero crossのwebサイトやインスタをみれば一目瞭然で、それぞれについて私の感想文を述べるような立場でもなくニーズもなかろう。

ひとつ言えるのは、わたしはここ芸森スタジオの素晴らしさをこれまで全然わかっていなかった、ということと、この舞台は開催する人間も参加した客も、双方が満たされる稀有な空間と時間であったということだ。広間での時間を終え、友人と部屋で素晴らしかったライブや料理の話を肴にさらに酒が進む。寝落ちて心地よいベッドで目が覚めてカーテンをあけると、そこは雪国であった。川端康成の記述の次にいい冬の光景であると自負している。

わたしたちの周りにはまだ見ぬ素晴らしいヒトやモノやコトがある。そんなあらゆるピースを集めてzero crossというパズルを完成させるには「誰かの強い思い」がとても大切であり、それがこの企画の素晴らしさの核なのだと思う。わたしたちの社会は「多数決」や「世間」によって色々なことが決められ、結果「誰も反対しないが、誰も求めてない」ものを量産してきたような気がする。どこどこのレストランが星いくつ、みたいなアレも、フランスのシステムをローカライズしてまるで権威であるかのように振る舞い、結果に一喜一憂しているのも、政治すら虚業に見える21世紀に、あらゆる権威の化けの皮が剥げている現在を「まるで喜劇じゃないの」と誰かがカラオケで歌っているだろう。

わたしは主催でもなく、100%客とも言い難い立場でこのイベントに潜入することとなったが、あまりの心地よさと楽しさに我を忘れ、渡り鳥よろしくテーブルを徘徊、知らない人と酒を酌み交わし、音に溺れ、広間の暖炉前の段差で足を滑らせ、参加者の視界から消えた。目撃した人によればよく漫画であるワンシーンのようにいったん宙に浮き、ストンと消えたらしい。(ここに来たことのない方は是非機会があれば現場検証してください)

魔法が使えたらそのままその場から消えてしまいたかったが、突然の出来事に静まり返ったその場に、わたしはI’ll be backよろしくターミネーターのように復活し、さらに酒を飲んだという。100%客ともいえない立場のわたしが伝説を作ってどうするのか?芸森スタジオのみなさん、助けてくれたケンタロウさん、本当に申し訳ありませんでした。

ゼロクロスにはわたしの箍(たが)を外す魔物が住んでいるのかもしれない、いや、その魔物はこんな素晴らしい企画を作った友人だ。次回は魔物を倒さねばならない。(なんちゃって)

写真撮影:須田守政

文:アヤコフスキー(橋本亜矢)